退職のご挨拶 −タキゲン勤続35年。 青木さんが退職されます。−

若かりし頃の集合写真

メジナの源さんと

福岡支店 青木さんが、2016年6月で退職されます。タキゲン勤続35年、お疲れさまでした!
退職あたり、青木さんよりコメントをいただきました。

七度目の正直

振り返れば昭和56年6月、25歳で名古屋支店に入社した私は、同い年の先輩から「お互い定年まで頑張ろう」と言われたことに、とても違和感を抱いたことを思い出します。

なぜなら、私はそれまで6度も転職を繰り返し、この会社もどこまで勤まるか自信が持てなかったからでした。ただ、尊敬する知人の紹介で入社したので、簡単には辞められないという思いはありました。

メジナの源さんとの出会いで一変

そして、メジナの源さん(瀧源秀昭社長がご自分のことをそう呼んでおられました)との出会い。当時、秀昭社長は支店旅行などの会社のイベントだけでなく、プライベートの釣り会にもよく来られていました。

メジナの源さんは、飲み会の席で入社間もない私に気さくに声をかけてくださり、私も友達のように話をし、飲んでいました。

そんな生意気な私にいつも穏やかに接してくださり、世の中にはこんな社長もいらっしゃるのだと思ったことを覚えています。そして、この会社、もしかしたら長いかもと感じたのです。

私の履歴書

「お父さん釣ったよ!」

お子さんと一緒に。「お父さん釣ったよ!」

6年間の名古屋支店勤務では、夜間の専門学校で英語も学ばせていただき、それがきっかけで英語に興味を持つようになり、退職後には学びなおそうと考えています。

卒業と同時に異動となった本社の貿易課では、慣れない英語と海外からのお客様の接待とで毎日大変でしたが、生涯の伴侶とその頃に巡り合い結婚。長女が誕生し、終業後は毎晩飲み会だった生活が一変。真っすぐ帰宅するようになりました。

その後、福岡支店に転勤。当時も忙しい支店でしたが、花見やソフトボール、釣り大会などのイベントも多くあり、良い思い出となっています。私生活では父の他界もありましたが、長男の誕生、マイホームの取得、休日には大好きな釣りを満喫した10年間で、この頃には転職の選択肢は無くなっていました。

平成12年からの京都支店では、ISO委員として品質、環境の立ち上げに参画し、新しいシステムを構築することに貢献できたことは、私のタキゲン人生において大きな自信となりました。また、この15年間のうちに小学生だった子どもも成長し、社会に送り出すことができました。

そして平成27年、再び福岡支店へ。会社の温情をいただき、最後の一年を故郷に近い支店で働くことができたこと、厚く御礼申し上げます。お陰さまで母の介護により多くの時間を掛けられ、最期も看取ることができました。

All’s well that ends well.

入社したばかりの頃は想像もつきませんでしたが、35年もの永きにわたり勤めることができたのは、ひとえに皆様のご指導とご支援によるものと感謝しています。

辛いことも多々ありましたが、総じて素晴らしい35年間でした。本当にありがとうございました。

これからもタキゲンと関わる全ての方の、さらなる発展と幸福を祈願しております。