情報の面白さを、ちょっと視点を変えて眺めてみると今までと違った側面が見えてきて、時にはビジネスにも役立つ発想がわいてきたりするものです。

あっちこっちに「敬語風表現」が 〜「バイト敬語」から「させていただく」まで〜

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接客業に広がる「お名前様」と「よろしかったでしょうか」

買い物に行ったとき、店員に「お名前様を頂戴してよろしいでしょうか?」と言われ、なんとも奇妙な表現だなと感じたことは誰にもあるのではないでしょうか。意味は分かるし、相手が丁寧に接しようとしていることも理解できる。でも、文法的にどうこう言う以前に、その表現の響きに違和感を覚えてしまう。そんな言葉がたしかに増えています。

「ご注文は、こちらでよろしかったでしょうか?」(なぜ、過去形なの?)、「こちらコーヒーになります」(いつ、成るの?)、「1000円からお預かりします」(なぜ、「から」がつくの?)などの表現は、コンビニやファミレスでアルバイトをする若者が多く使うので「バイト敬語」と呼ばれています。もっとも、いまではアチコチへと広がって、接客業のほとんどで「お名前様」や「よろしかったでしょうか」が使われています。

目上の人を敬うという意味での敬語(表現)は多くの言語に見られますが、日本語の敬語はややこしく、そうとう専門的に勉強した人でなければ全部を正しく使いこなすことは難しい。「いまの若い者は敬語をちゃんと使えない」と憤慨する年配の方がいますが、じつはそういう人もいくつかの用例で正しい表現を知っているだけで、敬語全体となると怪しいことが多いものです。バイト敬語の背景には、そういう事情もあるようです。

日本語の敬語は、相手を敬う(尊敬語)、丁寧に話す(丁寧語)、自分を謙遜する(謙譲語)の3つが基本です。それらを自由に組み合わせ、何となく丁寧に伝えようとしている。これがバイト敬語に限らず、いま日本で使われている敬語の姿ではないでしょうか。つまり用法は正しくないけれど、心の部分はさほど間違ってはいないとも思えます。

ビジネスでも多用する「させていただく」は便利な表現

奇妙な「敬語風表現」はバイト敬語に限った話ではありません。

例えば、最近は政治家の口から「謙虚さが大切」という言葉をよく聞きますが、あまり謙虚さが感じられない政治家でも言葉には不思議な丁寧さがあります。国会の答弁などでも、「〜をお示しいたします」はよく聞かれます。自分の行動に「お」を付けるのは適切ではありませんが、なんとなく丁寧に話しているように聞こえます。時には「お示しさせていただきます」まで聞かれます。正しいか否かはともかく、確かに丁寧です。

また与党の議員が「総理がお決めになられること」とか「幹事長のお考えをうかがって」などとマスコミに向かって発言しますが、これは社員が外部に対して「部長がお決めになられること」とか「課長のお考えをうかがって」というのと同じぐらい本来は正しくない表現です。しかし、そういう内部か外部かの区別はともかく、丁寧ではあります。

もちろんビジネスの世界にも「敬語風表現」はあふれています。その代表例は、「させていただく」ではないでしょうか。いかにも相手の許可を得て行動しているというニュアンスのある便利な表現ですが、社外の人に「営業を担当させていただいております」と言えば(営業担当は内部で決めたことなので)、バイト敬語に似た響きがあります。

日本語が乱れているとか、敬語の使い方が間違っているとか、厳しい指摘をする方も少なくありません。確かに、そのとおりです。ただ尊敬語や丁寧語や謙譲語を使って、それなりの敬意を示す。また断定的にモノを言わず、ちょっと曖昧にして柔らかくする。そういう日本語あるいは日本人の感性は、乱れた言葉の中にも生きているように思えます。