
【第1回】江戸の地を大改造「徳川家康」本社・東京店
タキゲン製造株式会社は国内外合わせて20の直販店があります。新しいシリーズでは、各支店の所在地・管轄エリアにまつわる歴史や人物を紹介します。第一回は本社・東京店です。
東京のルーツであった江戸
東京のルーツは江戸です。この地を大きく開拓し江戸幕府を開いたのが徳川家康です。戦国・安土桃山時代の武将で、織田信長、豊臣秀吉に続き、天下統一を果たします。その後、徳川家の江戸幕府は260年にも及ぶ天下泰平の時代を築きました。
家康は元々三河国(現在の愛知県)の岡崎城主松平広忠の長男として生まれました。幼名を竹千代といい、6歳の幼いころより武家社会の激しい覇権争いに翻弄され、十数年も今川氏の人質としてその運命を耐え忍びました。
やがて桶狭間の戦い後に自立。織田信長とは同盟を結び、辛抱強く信長を支えます。信長没後、天下統一を果たした豊臣秀吉のと対立しますが、その後、関東の8カ国を任されるようになり、豊臣政権下では、250万石という最大の大名として仕え、後の五大老の筆頭の地位も得ました。豊臣秀吉没後の関ヶ原の戦いに勝利し、ついに天下人になりました。
湿地帯の寒村だった江戸
江戸は現在の東京からは想像もつきませんが、元々の地形は隅田川河口の西側に位置し、日比谷入り江などが現在の皇居近くまで入り込んでいた一大湿地帯で、背後は山や武蔵野の林に覆われた原野で、自然の地形そのものでした。まだまだ多くの人が生活できる土地ではありませんでした。
やや高台の桜田辺りに、関東管領の上杉家の流れを組む後の太おお田た道どう灌かんが江戸城を築城しましたが、それほど大きな城ではなく、道灌亡き後は老朽化し荒れていました。その後、豊臣秀吉の命を受けた徳川家康が江戸に入り、小さな江戸城を居住にし、江戸の本格的な開拓に着手しました。
江戸城から南へ南へと町づくりを展開し、一大土木事業の突貫工事となりました。最も大きな開発が、本郷台地の先にあった神田山を削り、その土を使った日比谷入り江の埋め立てでした。この時期に江戸城も整備拡張され、それと同時に城下町の建設、水道整備事業も行いました。
一大都市に大改造
豊臣秀吉没後の関ヶ原の戦いで勝利した家康が1603年江戸幕府を開き、さらに江戸の本格的な都市開発・整備を推進していきました。これには全国の大名が駆り出されたのはいうまでもありません。こうして発展した江戸の町は18世紀には当時世界でも類を見ない100万都市を築きあげたのです。
元々江戸は辺境な場所。それを室町時代の太田道灌が整備しはじめ、江戸城も築かれました。湿地帯であった江戸の土地を埋め立て、運河や水道の整備をして、関東の台地を開墾しました。江戸中で土木工事を行い、現在の銀座、日本橋、日比谷、品川など、特に湿地帯の土地を盤石にしました。
織田信長、豊臣秀吉と続く、天下統一の流れを確立し、多くの日本文化の花開く江戸時代の礎を築いたのでした。
五反田は目黒川周辺東西に広がった、一区画5反の水田だった。
東京本社のある五反田は「五たんだ」として、この江戸時代にできた地名です。元々大崎村の小さな一農村で、目黒川の谷間がほぼ東西に広がり、その谷周辺の水田の一区画が五反(5000平方メートル)あったため、この名がついたといわれています。農村でしたが、その後、大名屋敷もいくつかできました。
タキゲン製造株式会社 本社・東京店
〒141-0031
東京都品川区西五反田1-24-4
TEL:03-3492-2001
営業時間:月~金曜日:8:45~19:00
駐車場:3台
タキゲンでは店舗販売も行っており、様々な製品を手にとってご確認いただける上、技術的な相談に対応できるスタッフが常駐しています。お気軽にご来店ください。
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