物流の2024年問題を解決するデジタル技術

2024年4月から自動車運転の業務に対して年間の時間外労働の上限が960時間に制限されます。従業員の働き方を見直していく「働き方改革関連法」が運転業務にも適用されることになり、物流業界ではトラックドライバーの減少や給与減、輸送能力の低下、輸送コスト増などに繋がるなど、様々な悪影響を及ぼすという声が挙がっています。いわゆる「物流の2024年問題」と呼ばれるものです。物流業界では法施行に対応していくために生産性の向上などに取組むことが喫緊の課題になってきています。関連各社には配送サービスなどの見直しとともに業務改革に急ピッチで取組むことが求められています。その一方で、IT(情報技術)をはじめとしたデジタル技術を活用して物流現場を改革していくシステムやサービスの開発や提供も始まっています。今年は物流業界にとって大きな節目の年になりそうです。

働き方改革関連法

「働き方改革関連法」は少子高齢化に伴う労働人口の減少、働き方の多様化などを背景に2019年に施行されました。この法律は時間外労働の上限を月45時間、年360時間に制限するもので、労使で三六協定を結んだ場合でも最大で年720時間に制限されます。大企業は19年から、中小企業は20年から適用されていますが、トラックやバス、タクシーなどの自動車運転業務、建設業、医師などの一部業種は、適用が5年間猶予されることになりました。これらの業種は人手不足や長時間労働などが常態化しており、すぐには時間外労働の上限規制に対応できないと判断されたからです。

この猶予期間が終わるのが24年3月31日で、自動車運転業務に関しては4月1日から三六協定を結ぶことで上限時間が法定休日労働を含まないで年960時間に制限されることになります。物流業界にとって長時間労働を避けワークライフバランス(仕事と生活のバランス)をより良くしていくことは大切なことですが、労働時間が減少することで輸送能力は下がり、これまでのように荷物が運べなくなる可能性が出てきます。国土交通省、農林水産省、経済産業省による「持続可能な物流の実現に向けた検討会」では、2024年問題に何も対応しなかった場合に輸送能力が2024年には14.2%、2030年には34.1%不足する可能性があると試算しています。物流各社にとって、輸送能力を落とさずに労働時間を減らすには、省力化と生産性を高めていくことが必要です。これらを実現するために有効なのが、ITをはじめとしたデジタル技術の導入による業務改革です。

荷物の配送一つをとっても様々なノウハウのもと成り立っています。たとえば配送ルートをみても、どの車両が、どのような順で、どのような経路で配送すればよいのか考える必要があります。最適な配送ルートを引くために経験豊富な熟練社員やドライバーなど、人に頼っている企業も多いです。時間帯によって渋滞状況が変わりますし、トラックの大きさによっても通れるルートが変わるため、様々な条件に合せて最適な配送ルートを引いています。そのため、条件を組合せると無限大の配送ルートが生まれてしまい、コンピュータでの処理では対応できないことも多くありました。経験豊富な人と新人とでは配送効率が大幅に変わってしまいます。こうした属人的な体制を解消することも業務効率化には欠かせません。

AI(人工知能)

この問題を解決するのがAI(人工知能)です。昨今のコンピュータ性能の向上とAIの進展により複雑な計算も短時間で行えるようになってきました。AIにベテランの知見を学習させることで最適なルートを導きだせるようになります。すでにAIを活用した配送ルート最適化のサービスも生まれています。OKI(沖電気工業)は、AIでコスト最小型ルート配送最適化アルゴリズムを開発し、サービスとしても展開を始めています。この技術を使った実証で、1日当たりの配送総走行距離を大幅に削減したという結果も出ています。

全国に360拠点を持ち、企業などのコンピュータシステムの保守サポートを行っているNECフィールディング(東京都港区)は、NECと連携しスーパーコンピュータよりも高速処理ができる量子コンピュータの一種、量子アニーリング技術を使った部品配送の実証を進めています。コンピュータシステムの故障箇所は様々で、壊れるタイミングも場所も違います。いつ、どこで壊れるか分からないコンピュータの部品をシステム稼働の状況に合せて予測し最適に配備しなければ、速やかな修理ができません。そのため、部品配送ルートのパターンも複雑です。常に数万点規模の部品が動くため、この仕組みで物流コストの削減や効率化につながるとみています。NECフィールディングでは「すでにベテラン社員と同等以上の成果が出てきている」と言います。今後もAIを使った配送ルート最適化の取組みはさらに拡大していきそうです。

カーナビゲーションシステムを開発しているメーカーでも物流の最適化に向けた仕組みの開発を進めています。カーナビは目的地までの最適なルートを導き出してくれますが、目的地の周辺で案内が終了してしまい最後は運転者に委ねられています。目的地の建物の入口に案内してくれるナビはどれくらいあるのでしょうか。ナビの案内どおりに行ったら目的地が反対車線側でUターンできる場所が近くになかったといった経験をした人もいるかもしれません。これらを解決するには地図と自車位置の精度を正確に把握したルート探索の高度なアルゴリズムが必要です。パイオニア(東京都文京区)は、長年のナビ開発で培った知見とデータを生かした高精度なナビゲーション基盤を開発しました。物流会社の配送管理システムなどとも連携でき、実際の導入に向けた提案も進んでいます。ナビのきめ細かな機能一つでも大幅な業務改善につながります。まさしくラストワンマイルの世界を効率化するのもこうしたデジタル技術なのです。

負荷を軽減する仕組み

トラックの運転負荷を軽減する仕組みの開発も始まりました。自動車のフロントガラスにナビの情報や警告などを映し出すヘッドアップディスプレイ(HUD)が普及してきています。HUDは視線移動を減らし様々な情報が得られるため安全性にも寄与しますが、フロントガラスの角度やスペースの関係でトラックに装着することは困難でした。これを解決したのがマクセル(東京都港区)で、いち早く開発したトラックにも装着できる小型のHUDは、すでに運行しているトラックにも後付けできます。トラックに装着できれば運行管理システムの情報などもフロントガラスに映し出せ、ドライバーの運転負荷を大幅に軽減できます。マクセルでは、物流の2024年問題を視野に、ITと連携し運転状況の可視化や安全運転を支援するための機器としてすでに物流会社との実証実験も進めており、実用化を目指しています。

労働人口の減少は日本の産業全体に突き付けられている課題でもあります。産業界ではデジタル技術を活用した自動化や効率化に取組むとともに、新たなイノベーション(革新)の創出を目指しています。中でも社会を支えるインフラともいえる物流は、これまで以上に重要な位置づけになってきます。デジタル技術を使った物流改革は今後さらに進んでいくとみられます。

[電波新聞社 トレンド報告]